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(無題)

 投稿者:ヴィオラ  投稿日:2018年 1月19日(金)05時42分44秒
  お返事、ありがとうございます。

フィンランドは宗教に関してはアナクロのようですが、政治に関しては民主主義や人権、法の支配の原則などはしっかりしていると思います。
ソマリ出身の国会議員は少なくとも数人いて、アフガニスタン出身の国会議員(女性)もいました。市民権はなくても、永住権があれば地方議会の選挙権・被選挙権があるので、地方のレベルではもっと色々です。学問も出身国による差別というのは、ほぼないだろうと思います。

移民受け入れは、スウェーデンに比べればずっと少ないです。でも、今後人口減少が進めば、増やしていくでしょうね。まあ、スウェーデンは北の植民地帝国だったし、巨富の蓄積があるお金持ち国です。

金髪碧眼の中で、違いが目立つということはありますね。アフリカ系で、道を歩いていて「国に帰れ」とか言われ、嫌な思いをしている人達はいると思います 。でも、最近は減少しているらしいのですが、アフリカ、アジアなどからの養子も普通にあります。今はどこもそうなのでしょうが、極右の政治家はいるし、ネオナチのようなグループもあります。2015 年の「難民危機」では、受け入れ反対と賛成が拮抗していた感じです。賛成論は、困っている人達は助けようというキリスト教的な主張でした。

私は、幸か不幸か人種差別はほぼ感じたことがないのです。日本人に対しては好意的というのは、あると思います。まあ、そういうのもちょっと問題で、だから日本人で良かったとかは全然思いませんが。

少し前の竹下さんのブログで、お葬式に行く前、バッハの無伴奏5番サラバンドを弾いたとあるのを見て、もう10年以上も前のことですが、父のお葬式から帰ってヘンデルの組曲11番のサラバンドを弾いていたことを思い出しました。父とは親しくはなかったのですが、胸がとても苦しくて、なぜかあの曲を弾かなくてはならない気持ちでした。弾きながら泣きました。竹下さんは、ギターを弾かれるんですよね。私はピアノです。

竹下さんのブログ、これからも読んでいきたいと思います。また、何か質問させていただくかもしれません。その時は、どうぞよろしく!
 
 

ヴィオラさま

 投稿者:sekko  投稿日:2018年 1月18日(木)06時55分5秒
  フィンランドでしたか。議会も大学も国教のストラクチャーを共有しているのですね。

そんなところで、たとえばムスリムが政治や学問の第一線に加わるのは微妙でしょうね。
スウェーデンなどと違って移民の受け入れも少ないような。

私は北欧のような金髪碧眼っぽい国でアラブ系の人や黒人とか目立ち過ぎるのにどうやって混ざっていけるのだろう、ゲットー化しない方が難しいのでは、と不思議です。フランスは特にパリや大都市は人種の混交が多いので、何人でも目立たないですが。

アジア人に対してはどうですか? 人種差別とか文化差別を感じますか?

私の甥(英仏ハーフ)が、2年前タイのダイビングクラブで知り合ったインストラクターの女性がフィンランド人でした。彼女は今甥の息子をフィンランドで育てています。甥はフランスに来るように言っているのですが、フィンランドではシングルで子育てをするのは簡単なのだそうです。

ああ、騎士団の話でしたね、

フリーメイスンと同様、玉石混交というか、19世紀に、過去のもの、修道士の騎士団、十字軍由来や14世紀の騎士団の名を使って民間で再興したものがたくさんあります。

軍事と宗教がセットになって互いを正当化してきたような歴史は事実ですが、例えばフランスの騎士団とおっしゃっているのはレジオンドヌールですか?

その手のものは要するに個人の業績に国が権威付けをするもので、ある意味持ちつ持たれつというか…。フランスでは最近サウジアラビアのプリンスにも勲章を授けたりしたということが批判されていましたが、完全に政治的、外交的なものですね。

この手の「騎士団」の特徴は、フリーメイスンと同じく内部にヒエラルキー、位階がはっきりと分かれていることです。中世の騎士団には内部の位階はありませんでした。

神殿騎士団のことはずっと調べているのでいつかは書こうと思っていますが、オカルトや陰謀説をインスパイアするようなのでなかなか切り口が難しいですね。

今は知りませんが、少なくとも20 世紀の例では、フランスの国家勲章って、くれるという通知は来るのですが、事前に勲章を用意して購入するのは本人なんですよ。もらえるものだと思って手ぶらで行ったらもらえなかったので、持っている人に借りた、という例もあります。つけてもらえるという儀式が重要なんですね。アンチックショップでもいくらでも売ってますし。

ただし、国家勲章をもらった人の娘や孫娘だけが入れる中高一貫校があって、制服もある全寮制というフランスらしくない場所なのですが、これも、女性限定というのも含めてなんだかなあ、と思います。フィンランドもそうですが、「共和国」っていっても、「?」なものはいくらでも残っていますね。


http://www.setukotakeshita.com/

 

ありがとうございます

 投稿者:ヴィオラ  投稿日:2018年 1月18日(木)03時53分1秒
  早速のお返事、ありがとうございます!
フィンランド在住です。最近、少し寒くなってきました。

北欧系プロテスタントは、アナクロな感じなのですね。面白いです。政教分離していないというのも同感です。フィンランドでは大統領以下、大聖堂でミサに出て、その年の議会が始まるし。教区に所属していると、教会税あります。教会から抜ければ、払う必要はありませんが。政治と宗教のみならず、大学と宗教も繋がっています。秋の新学期始まりには、学長などが大聖堂のミサに出ます。あと数年に1度、博士号取得者が正装して大聖堂に行進、ミサに出た後、舞踏会という慣習もあります。

北欧の人は、自分たちは世俗化していて近代的、イスラムやその他が宗教的と大体思っているのですが、実は様々な面でキリスト教は深く浸透していると思います。自分の人生を語る時も、特に女性は 犠牲・苦難を経てより大きな意味づけへというような、イエス・キリストの人生を下敷きにしたような語りをよく耳にします。

ただフィンランド人は、すごく自然が好きなのですが、その「自然」という考えには、どこか「キリスト教以前」とか「異教」というニュアンスがあり、キリスト教的ではないものに対する憧憬があると思います。

竹下さんは、フリーメーソンに興味をお持ちですよね。少し違うのですが、私は騎士団(と修道院)に興味があります。騎士団は、その名前もやや奇妙なものが多いのですが(靴の紐、黄金の皮、クマの殺害者とか)、勲章には細部に渡って非常に細かい意味づけがされていて、フェティッシュです。騎士団は過去のものではなく、今も健在です。ヨーロッパでは国家元首かその任命する人物がグランドマスターで、フランス、フィンランド共に、それは大統領です。現在の騎士団は勲章と国旗によって、誇り、感謝、悲しみ、追悼、慰め等の感情を表現します。近代の国民国家は、その基底に軍事と宗教を持っているようなのですが、こうした制度が国民国家の重要なシンボルとして使われていることをどう思われますか。
 

ヴィオラさま

 投稿者:sekko  投稿日:2018年 1月16日(火)08時07分14秒
  ご愛読ありがとうございます。

スウェーデンですか?

今の季節、日が短くて寒そうですが、今年がより良い年になりますように。

うーん、私にとっては、北欧系プロテスタントって、為政者の宗教を国教にした棲み分けの国のまま21世紀って、アナクロニックな気がします。ノルウェーはさすがに2012年にルター派を国教から外したと思いますが。イギリスだって、カトリックは国王になれないという法律は今も生きていますし、カトリックは公務員になれない、のは一九世紀まで続いていましたし。

フランスはすごく世俗的な国で、カトリック文化圏といっても、日本の仏教みたいなユルイ感じです。「告解」に行く人なんてマイナーだし、「告解」でも、私がブログ

http://spinou.exblog.jp/25470580/

で書いたことがあるように、悩んでる人なんて超少ないのでは、と思いますが…。

プロテスタントのみなさんが心の中で神と対話しているのかどうかはわかりませんが、それも、カトリックの人だって、人それぞれだと想像します。

ただ、宗教って、「教え」の側面、「信」の側面、「わざ」の側面があると思うし、生・老・病・死などの実存的な危機を前にする人は、非合理、迷信、奇跡などを必要とする心性は普遍的だと思うので、ちゃんとした宗教にそういう受け皿があった方が、変なカルトや怪しい霊媒などに頼ってしまうよりはリスクが少ないような気がします。

あまりお答えになっていないかもしれませんが、そうですね、今のフランスから見たら、イギリスや北欧の国教会システムって、国別に分かれている正教会と同じで、政教分離してないなあ、という感じですね。今はどうか確認していませんが、スウェーデンでは行政の一部が教会税を通しての住民登録という形で国教会に委託されています。もちろん信教の自由は保障されていますが、非国教徒でも行政事務の経費分は免除になっていませんでした。

今ちょうど政教分離について書いていたところなので。

スウェーデンのおもしろい話題があれば教えてください。

http://www.setukotakeshita.com/

 

北欧の福音ルター派

 投稿者:ヴィオラ  投稿日:2018年 1月16日(火)06時22分21秒
  はじめまして。
竹下さんのご著書は、何冊か読んだことがあるのですが、とても面白いブログをたくさん書いていらっしゃることを最近になって知り、質問したくなってしまいました。
私は、福音ルター派の北欧に長年居住しています。北欧にいると、ヨーロッパ内の東西南北区分に気づきます。東にはオーソドックスなロシア正教、西にはキリスト教、北はプロテスタント、南はカトリックという大まかな区分です。プロテスタントとカトリックは「近代」と「伝統」として感じられていて、合理的な北欧と奇跡などを信じて非合理・迷信の南欧(フランスが入ることもあります)、男女平等の北欧と女性の地位の低い南欧という見方とあいまって、北欧が一番進んでいるという意識につながっています。
南の方のカトリック教会に行くと、告解室があり、悩める人と牧師が向き合って話をしている場面を見かけることがあります。北欧のキリスト教では、人は心の中で神と1対1で対峙し、神と対話するので、大きな違いがあります。細長い十字一本を壁に掛けただけの教会もあり、原理主義的でもあります。フランスから見た地政図というか、北欧の福音ルター派はどのように見えますか。私は信仰がなく、キリスト教についてよく知っているというわけでもなく、深い質問ではないのですが、お返事いただけたら嬉しいです。
 

水蓮さま

 投稿者:sekko  投稿日:2018年 1月 5日(金)01時35分27秒
  そうなんですか。

>>>まず、今回の質問をしてきた友人がそうですし、これまでにもいろいろありました。若い頃から渡仏する頃まで、私がカトリックとわかると、必ずといって「離婚できないんですよね」「カトリック信者じゃなきゃ結婚できないんでしょ」「将来結婚して、離婚したくなったらどうするの」等など、結婚・離婚に関する教会の掟をそれはそれは詳しく知りたがり・・・。
というか、カトリックに関して、初めの質問が結婚・離婚以外のことだった人なんて、いたかしら?と思うほどです。(2番目以降の質問は、そんな話ができる間柄の人の場合は、大抵が性的なこと~避妊、婚前交渉、中絶~だったような気がします。)<<<<

私が、宗教帰属の意識の希薄な平均的日本人として生まれ育ってきた時は、そんなこと気にしていませんでした。アテネ・フランセの神父さんとか以外、カトリックだと分かる人とのつきあいもなかったし。ヘンリー八世がらみで「カトリックは離婚できない」というのは知っていましたが、実生活でそれを気にするようなシチュエーションもなかったです。

やはり、日本ではマイナーな宗教だから、それに帰属しているということは好奇心で見られるのかもしれませんね。

フランスではパリやパリ近郊では、帰属と実際がかなり乖離しているからあまり問題になりませんよね。地方では、フランドルの小さな村のことはよく知っているのですが、何世紀も前からカトリックしかないところで、教会も冠婚葬祭受け持ちの氏神様みたいで、村の人はとにかく全員代々カトリックですから、町内会みたいで、避妊だろうが離婚だろうが人それぞれで気にしてない、という感じですね。
都市の一部ブルジョワ階級のアイデンティティとしての保守カトリックは健在ですが、それも建前的な部分が多いし。

今の時代、「拝金主義」という偶像崇拝がはびこっているのはどこも同じですね。

その拝金主義のグローバリズムという弱肉強食に対して、民族主義と聖性を結びつけて自由や平等を規制したり、妙な純血主義やよそ者排除に向かったりなどの共同体ファーストもありますが、どちらも同じ病の裏表のような気がします。

どんな神さまによるプレッシャーも、それを適用するのは生身の人間なので、やはり、誰をも排除しない社会を実現するために何を大切にすべきかを一人一人がちゃんと考えて行かなければと思います。

http://www.setukotakeshita.com/

 

あけましておめでとうございます

 投稿者:水蓮  投稿日:2018年 1月 4日(木)20時23分15秒
  先日(昨年!)の私からの質問に関連して、ブログ記事でお取り上げになり、「こんなこと気にする日本人なんているのかな」とお書きになっていますが、私の印象では、かなりいます!・・・です。

まず、今回の質問をしてきた友人がそうですし、これまでにもいろいろありました。若い頃から渡仏する頃まで、私がカトリックとわかると、必ずといって「離婚できないんですよね」「カトリック信者じゃなきゃ結婚できないんでしょ」「将来結婚して、離婚したくなったらどうするの」等など、結婚・離婚に関する教会の掟をそれはそれは詳しく知りたがり・・・。

というか、カトリックに関して、初めの質問が結婚・離婚以外のことだった人なんて、いたかしら?と思うほどです。(2番目以降の質問は、そんな話ができる間柄の人の場合は、大抵が性的なこと~避妊、婚前交渉、中絶~だったような気がします。)

ところで、竹下先生の結婚における聖霊の位置づけと日本の昔の結婚における仲人の位置づけとのパラレルにはおもわずうなづきました。これは(大半の)日本人にとっての「神」は「世間様」だ、という見方と符号するような・・・。今日の平均的日本人の「神」は何なのでしょうね。「自分自身」?「お金」? 友人の中に、最近の日本人にとっての「神」は「日本」そのものになりつつあると言う人がいます。
 

(無題)

 投稿者:水蓮  投稿日:2018年 1月 1日(月)01時30分54秒
  竹下先生、詳しい御即答をありがとうございます。

そういえば、ある小教区では不可能だったことが、隣の小教区では可能であった、といった話をメディアで読むことがありますが、この件もそうなのかもしれません・・・。

>>>法律婚の離婚を経験している未信者がその後で洗礼を受ける、となると、もちろん、教会での結婚のハードルはぐっと低くなると想像します。>>>
やはり、このあたりでしょうか・・・。

他にもこの関連で書きたいこともありますが、個人的なことになりますので、また、いつかどこかで何かの機会がありましたら・・・。

竹下先生にとっても2018年が素晴らしい一年となりますように。平安。

 

水蓮さま

 投稿者:sekko  投稿日:2017年12月31日(日)02時22分37秒
  私に確実な返事はできません。

まず、フランスでOKのことでも、日本でダメと言われたことはいろいろあります。
たとえば、65歳以上なら差し迫った病気がなくても病者の塗油を受けることができるはずなので日本で頼んだら、「病気じゃないのにもちろんダメ」と言われました。

他にも、少し前(といっても30年くらい前?)までのフランスの田舎では第ニヴァティカン公会議前の感覚のままの老司祭さんもいて、冠婚葬祭はけっこう自分ルールでやっていました。それで別に不都合もなくみなやっていたような…。

で、フランスの大都市圏でここ数年の間に結婚や離婚をしてきた人を見てきた限りでは、教会で結婚式を挙げていない限りは、法律婚をしていても離婚していても、事実婚を違った相手と繰り返しても、それは、教会的には「未婚」ですから、問題にされたのを聞いたことはありません。

教会レベルで「初婚」でさえあれば、相手が未信者であっても、洗礼を受けている人の方はもちろん聖体拝領もOKです。

ただ、教会法にも、担当の教区司祭の采配によって、どちらかが教会での結婚に「ふさわしくない」と判断されれば、司祭は結婚式を断ることができる、とありますから、法律婚で離婚に至った事情なども判断に関係してくるかもしれません。
法律婚の離婚を経験している未信者がその後で洗礼を受ける、となると、もちろん、教会での結婚のハードルはぐっと低くなると想像します。

もともと七つの秘跡のうち、結婚の秘跡だけは、司祭から授けられるものではなく、自由な男女の神の前の誓いによって成立します。

16世紀に、教会の許可するしかるべき司祭の立ち合いが必要となって、細かい規定ができましたが、1983年の教会法にもいろいろな例外があって、時と場合によっては立ち合いが司祭でなくともよいし、立ち合いがいなくともよいとあります。

つまり、愛し合い永遠の絆を神の前で誓い合う男女がいるところでは、神に祝福される結婚の秘跡が成立し得るわけで、結婚への意志と愛が、最終的にさまざまな規則に優先するというわけで、なかなかすてきですね。

そこにはカトリックの教義に対する知識やら合意すら条件にはなっていません。

で、そうして結ばれた「結婚」は二人だけではなく、聖霊とも永遠に結びついているわけです。

こういう「両性の愛と信頼」至上主義というのは、社会的動物としての人間の習慣にとってはあまりにもラディカルですが、それを「神」のもとに聖霊によって成り立たせるのはまさに「秘跡」だなあと思います。

「結婚講座」についてもいろいろ規定はありますが、実際はケースバイケースですね。どちらもカトリック信者であっても、原則としては複数回、時には別の婚約者カップルもいっしょに司祭との一時間くらいの講座、というか、お話を聞いて、秘跡としての結婚がどういう意味を持つのかを理解しているかを確認されます。

これは子供に洗礼を受けさせる前も同じです。

事実婚のカップルが生まれた子供に洗礼を受けさせるのも、親たちの少なくとも一方が洗礼を受けていて、二人が望み、子供にカトリックの教育を受けさせる意志があるなら問題はありません。法律的にもカトリック的にも「未婚」の両親であっても支障はありません。

そんなことが支障になっていたら、今のフランス人の親で子供に洗礼を受けさせる人などいなくなってしまいます。

一番厄介なのは、やはり、信者同が教会で挙式したのにその後法律上の離婚をすることで、教会的には離婚はできないので、秘跡の無効を認めてもらう道しかないので大変です。

実際は、次の相手とは事実婚のままであればスルーされますが、その偽善に耐えられない人や、法律的に再婚したいけれどそれでは聖体拝領できなくなるのがつらいという人もいます。

まあ、だから、いろいろな面倒を避けるために、最初から法律婚も教会婚もしないで、洗礼を受けた子供と一緒に成長儀礼としてのセレモニーをこなしていく人もたくさんいます。

以上フランスの場合ですから、日本のことは知りませんが、日本では細かいことを言っていたら誰も教会で結婚する人がいないので、未信者同士でも、それなりの手続き(結婚講座4回とか)を踏めば、カテドラルでだって、結婚式を司式してもらえるようですね。

原則初婚、というのも、法律婚のことで、日本は紙一枚の届けですからフランスとはちがいますね。

フランスの法律婚はもともとカトリック教会での結婚に対抗してできたものですから、市長が市役所ホールで男女に誓わせる公のセレモニーという位置づけで、その証明なしには教会婚ができないという法律もフランス独特です。

今の教皇になってから冠婚葬祭に関する規定のいろいろなニュアンスが、まず、「いつくしみの神」という視点にシフトしていっています。

「恵み」というのは何なのかとまず考えたいですね。

2018年が水蓮さまにとって恵み多い年でありますように。

http://www.setukotakeshita.com/

 

ご教示ください

 投稿者:水蓮  投稿日:2017年12月31日(日)00時04分6秒
  カトリック信者(一般人)のブログに以下のことが書いてあります。友人が「これって本当?」と確認してきたのですが、私の認識とあまりに違っていて頭の中は???です。

http://blog.goo.ne.jp/maria1968/e/494302a021b693f8f78f9e2f747aaa01

http://blog.goo.ne.jp/maria1968/e/6f10be8c4a88291e68e106146e3b11a8

疑問点1)「カトリックのクリスチャンは、お相手がカトリックの洗礼を受けなければ、離婚歴のある方との結婚は教会法の法律上、することが出来ないのです。」とありますが、私の理解では、カトリック信者は、離婚歴のある人とは、その人の宗教とは無関係に、教会法上では「結婚」することはできず、たとえ法律的に結婚しても「罪のうちに生きている」ことになるので、聖体拝領はいずれにしてもできなくなる、なのですが・・・?

疑問点2)「(離婚歴のある人と)籍を入れるとなると、まずカトリックの結婚講座を必ず受けなければなりません。そして相手の方が洗礼を受けるならば、教会法に基づき、教会で結婚することが出来ます。・・・…彼が洗礼を受けないと、あなた自身がご聖体拝領をすることが出来なくなりますよ」とありますが、私の認識では、離婚歴のある人とは、たとえどんな条件でも教会で(秘蹟として)結婚することはできないはず、なんですが・・・?それとも、離婚経験者がキリスト教徒でなかった場合は、受洗によって以前の結婚が無効になる、なんてことがあるのでしょうか?

疑問点3)それとも、日本だけ特例が認められているのでしょうか?このブログをしている女性はご自分の教会の司祭から、このような説明を受けたということなのですが・・・。

すみません。年末に変な質問で・・・。このブロガーにきいてみたらいいものの、以前にどこの誰とも知らない人のブログに、内容について「本当ですか?」的なコメントをした後、とても不愉快な経験をしたことがあり、それ以来、特定不可能な一般人のブログなどへのコメントは一切しないことにしています。

急いでおりませんので、お手すきのときにでもお返事いただけましたらうれしいです。私も調べてみようとは思っておりますが、竹下先生なら既にご存知かと考えたため…。

 

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